意思疎通は何故難しいのか?
会社でも、家庭でも、地域活動も、NPO活動も、国家も、行政も、
あらゆる組織・集団では、さまざまな意思決定を行うためには、
意思疎通を行う必要がある。
けれども、意思疎通のことを理解して意思疎通をしている人がいないと思う。
全ての組織、集団に必要なことなのに、
意思疎通の本質を追求している人が見当たらない。
この意思疎通がスムーズに行かず、ずれが生じて、
意思決定ができなかったり、意思決定があいまいになったり、
意思決定されているようでいて、メンバーの合意が取れず、
遂行に支障が発生したりしている。
意思疎通とは何だろうか?
そもそも意思というものを意識化しているのだろうか?
無意識にしていないだろうか?
意思とは、判断基準からつくられていく。
その判断基準は、正しいのだろうか?
条件状況が変化する中で、正しいものがあるのだろうか?
判断基準は、相対的なものなはずなのに、
自分の判断基準が、無意識に正しいと思っていたりする。
人によって判断基準が違うはずなのに、
人の判断基準と自分の判断基準が違っていれば、
無意識に自分の判断基準が正しいと感じてしまう。
だから意思は、違っていて当然だけれども、
無意識に相手を否定して、自分を肯定するようにしてしまうから、
無意識に戦っているような状態になる。
判断基準の違いが明確になれば、
自分が無意識に正しいと思い、
相手が無意識に間違っていると思うため、
無意識に戦いが始まってしまう。
これが、意思疎通を難しくしている原因だ。
ではこの無意識による戦いをストップさせ、
意思疎通が溢れるようにするためには、どうしたらよいのだろうか?
これは、人間ならば誰しもやってしまう人間脳の機能だ。
人間が自動的に機械的条件反射的に、やってしまう脳機能である。
この自動化されている状態を変化させる必要がある。
つまり、無意識にやってしまう個別のパターンをリセットして、
新しいパターンに変更することが必要となる
このためには、リセットする技術と
新しいパターンを実施するためのプロセスの仕組みを理解する必要がある。
これが道具として開発されているので、
道具を使う技術を身につければよい。
これを構成するメンバーがお互いに身に付けることで、
意思疎通のための共通の土台ができるため、
意思疎通がスムーズに行われて、
お互いの意思を尊重しながら、それを融合させることができる。
真のチームプレーが発揮されることになる。
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